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大阪高等裁判所 昭和60年(行ケ)1号 判決 1985年4月19日

原告

川越金一

原告

両輪紀久夫

原告

松岡博

右三名訴訟代理人

吉原稔

被告

滋賀県選挙管理委員会

右代表者委員長

文室定次郎

右訴訟代理人

石原即郎

宮川清

中川幸雄

野洲和博

右指定代理人

陶山具史

外三名

主文

昭和五六年一二月六日執行の滋賀県東浅井郡虎姫町議会議員一般選挙における選挙の効力及び当選の効力に関する審査の申立について、被告が昭和五七年一一月一六日にした裁決を取消す。

昭和五六年一二月六日執行の滋賀県東浅井郡虎姫町議会議員一般選挙を無効とする。

訴訟費用(差戻前の訴訟費用を含む。)は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告ら

主文同旨

(予備的請求として)昭和五六年一二月六日執行の滋賀県東浅井郡虎姫町議会議員一般選挙の当選者中、古川春敏、堀川一春、西川宗一、今村次夫、吉田勝己、河島義春、松井徳明、上田秀秋の当選を無効とする。

被告

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

原告ら

請求原因

1  原告らは昭和五六年一二月六日執行の滋賀県東浅井郡虎姫町議会議員一般選挙(以下本件選挙という。)に立候補した。

2  原告らは本件選挙における選挙の効力及び当選に関して、被告に対して審査の申立をしたところ、被告は同五七年一一月一六日右申立をいずれも棄却する旨の裁決(以下本件裁決という。)をなし、同日原告らに通知した。

3  本件選挙についての選挙無効及び当選無効の理由は、別紙滋賀県公報記載の裁決書の「審査申立の理由」に記載のとおりである。

4  右選挙無効及び当選無効の理由を要約すれば次のとおりである。即ち、

本件選挙において、選挙における投票資格者を作出するために、三か月前に虎姫町への大量の転入届出がなされたが、その大多数は現実に虎姫町に住居を有しない架空転入であるのに、虎姫町選挙管理委員会(以下町選管という。)の選挙人名簿登録のための資格調査は極めて形式的かつずさんなもので、その登録手続は公職選挙法(以下公選法という。)施行令一〇条の規定に違反し、選挙人名簿自体が無効というべきであつて、かかる無効な選挙人名簿によつて行われた本件選挙は「選挙の規定に違反する」ものというべきである。

そして、本件選挙時登録は全部無効であるところ、右登録者四四九名中選挙人名簿の登録についての異議申出の対象となつた者は三八二名、そのうち本件選挙について投票した者は三六六名である。一方本件選挙の開票結果は、最下位当選人の得票数は一九八票、次点者の得票数は一七八票であつて、その得票差は二〇票にすぎないから、「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」にあたることは明らかである。

よつて、本件選挙は無効というべきである。

仮に然らずとするも、予備的請求の趣旨記載の八名の当選者は、いずれも大量の架空転入を組織した主謀者であつて、選挙の公正を著るしく害したものであつて、その当選は無効である。

5  よつて、本件裁決の取消とあわせ選挙無効、予備的に当選無効の判決を求める。

被告

一  請求原因に対する答弁

1、2項記載の事実は認める。

3、4項のうち、本件選挙時登録者数、選挙人名簿についての異議申出の対象者数、そのうちの投票者数及び開票結果の各得票数は認めるが、選挙無効及び当選無効の主張は争う。

二  主張

1  次項に述べるほか、別紙滋賀県公報記載の裁決書の「裁決の理由」に記載のとおりであつて、原告らの主張はいずれも失当である。

2  町選管の前記調査は、六〇余名の町職員のうち男性職員のほとんどである四四名が班を組織し、各自が自己の負担する職務を終えた後の午後五時ころから午後八時ころまでの間従事したものであつて、いわば町役場の組織をあげて最大限の、可能な限りの調査をし、しかもその調査権能には事実上、法律上の制約があり、町選管としては、これら様々の配慮から最も妥当と考えた方法により調査を行つた(例えば、原則として世帯主又はこれにかわるものを面接の対象としたことは、調査の効率面のみならず、公平を期す目的もあつた。)。したがつて、さらに突つ込んだ調査をすることが事実上も法律上も極めて容易であるにもかかわらず、あえてこれを回避したといつた事実はなく、単に外形を整えるためだけの調査に終始していたとは到底いえないのであつて、このような場合調査義務を一般的に怠つたということはできない。

仮に大量の架空転入の疑いがある場合、本人が選挙区域内に現在するだけでなく居住していることを確認できないとして、その登録を全て拒否したとすれば、選挙の執行は不可能に帰する。

また仮に原告主張の外形的事実関係のみを抽象的に前提とすれば、調査方法が完全でないといえるとしても、前記の如き具体的諸事情を併せ考えると、その瑕疵は選挙時登録にかゝる選挙人名簿全体を無効にせねばならない程に違法性の高いものとはいえない。

第三  証拠関係<省略>

理由

一請求原因1、2項記載の事実は当事者間に争いがない。

本件裁決書によると、原告らは、本件選挙において、町選管が公選法二二条二項の規定に基づいて行つた選挙人名簿の登録(以下本件選挙時登録という。)に際し、現実の住所移転を伴わない架空転入が大量にあつたにもかかわらず、調査の疎漏により有権者の一割に近い数の被登録資格のない者を登録したが、このような架空転入者に対する町選管の処置は、公選法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものであるから、本件選挙は無効というべきであり、また少くとも大量の架空転入工作をした当選者八名の当選は無効であると主張して、本件選挙における選挙の効力及び当選の効力に関する審査申立をしたところ、被告は、昭和五七年一一月一六日、本件選挙のために相当数の架空転入が行われたことは一応推認できるが、このような被登録資格を有しない者の選挙人名簿への登録は公選法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない、また当選者が大量の架空転入工作を図つたとしても、そのことから直ちにその者の当選を無効であるとすることはできないとして、原告らの審査申立を棄却する旨の本件裁決をしたことが認められる。

二市町村の選挙管理委員会が公選法二二条二項の規定に基づき選挙を行う場合にする選挙人名簿の登録(以下選挙時登録という。)は、当該選挙だけを目的とするものではなく、当該選挙が行われる機会に選挙人名簿を補充する趣旨でされるものであるから、その手続は、当該選挙の管理執行の手続とは別個のものに属し、したがつて、右登録手続における市町村選挙管理委員会の行為が公選法の規定に違反するとしても、直ちに同法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえない。以上によれば、右選挙管理委員会が選挙時登録の際に被登録資格の調査の疎漏により被登録資格の確認が得られない者を選挙人名簿に登録したとしても、右瑕疵は結局選挙人名簿の個個の登録の誤り、すなわち選挙人名簿の脱漏、誤載に帰するものにすぎないから、公選法二四条、二五条所定の手続によつてのみ争われるべきものであり、それだけでは選挙人名簿自体の無効をきたすものでもなければ、また選挙時登録全部を無効にするものでもなく、右瑕疵があることをもつて直ちに選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものとはいえないことはいうまでもないが、選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があり選挙人名簿自体が無効な場合において、選挙の管理執行にあたる機関が右無効な選挙人名簿によつて選挙を行つたときには、右選挙の管理執行につき遵守すべき規定に違反するものというべきである(最高裁昭和五二年(行ツ)第九四号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号九〇四頁参照)。そして、市町村選挙管理委員会は、選挙人名簿の登録にあたつては、被登録資格を有する者のみを選挙人名簿に登録すべきであつて(公選法二二条)、被登録資格を有することについて確認が得られない者を登録してはならないのであるから(同法施行令一〇条)、選挙時登録の際に現実の住所移転を伴わない架空転入が大量にされたのではないかと疑うべき事情があるときは、市町村選挙管理委員会としては、選挙時登録にかかる選挙人名簿の登録にあたり、被登録資格の一つである当該市町村の区域内に住所を有するかどうかについて特に慎重な調査を実施して適正な登録の実現を図る義務があるというべきであり、右の事情が存するのに、右選挙管理委員会の行つた調査が住所の有無を具体的事実に基づいて明らかにすることなく、単に調査対象者あてに文書照会をしたり、その関係者のいい分を徴するにとどまるものであつて、その実質が調査というに値せず、調査としての外形を整えるにすぎないものであるときは、市町村選挙管理委員会が公選法二一条三項及び同法施行令一〇条所定の被登録資格についての調査義務を一般的に怠つたものとして、選挙時登録にかかる選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があるものというべきであるから、当該選挙時登録全部が無効となり、またこのように選挙時登録全部が無効な場合において選挙の管理執行にあたる機関が右無効な選挙時登録を含む選挙人名簿によつて選挙を行つたときは、右選挙は公選法二〇五条一項所定の「選挙の規定に違反する」ものと解するのが相当である。

三本件選挙時登録者数、選挙人名簿についての異議申出の対象者数、そのうちの本件選挙についての投票者数及び開票結果の各得票数がいずれも原告らの主張のとおりであることは当事者間に争いがなく、右当事者間に争いのない各事実、<証拠>によれば、次の事実が認められ、<反証排斥略>、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

(1)  虎姫町では、通常、月間の転入者数が二〇人前後にすぎないのに、昭和五六年七月には六四人、八月には四一二人と転入届をした者の数が異常に増加し、しかもその届出は代理人によるものが大部分を占め、一人の代理人が多数の者を代理して転入届をするといつた例も多く、またその届出内容からすると、一軒の世帯主のところに十数人の転入者が同居しているものといわざるを得ないような例もみられた。

(2)  町選管は、同年九月の町議会の一般質問において、七、八月に大量の架空転入があつたとして転入者の住所の有無が問題とされたため、町長部局に住民基本台帳に基づく転入者の実態調査を実施するよう依頼した。

(3)  町長部局は、昭和五六年一月一日から同年九月三〇日までに転入した五七六人について虎姫町に住所を有しているか否かの実態調査をすることとし、同年一〇月、右の調査対象者あてに同町に住所を有しているか否かの確認を求める文書照会を行つたところ、これに対し、四八九人につき同町に住所を有している旨の回答があり、未回答の八七人について更に文書による再照会をしたところ、そのうち八五人につき同じく住所を有する旨の回答があり、残り二人については結局未回答に終つた。

(4)  更に町選管と町長部局は、右の調査対象者のうち、もともと虎姫町に住所を有していた世帯主のところに同居人として転入した旨の届出をしていた三一六人について、訪問による実態調査を実施したが、その調査結果は、調査対象者三一六人のうち三一〇人が同町に住所を有していることが確認されたというものであつた。

(5)  しかしながら、その訪問調査の方法は、町長部局の職員が、もともと虎姫町に住所を有している世帯主又はその妻らに対し、その同居人とされている者の居住の有無について、その世帯主らのいい分をそのまま調査票に記載するというものであり、この調査によつて住所を有することが確認されたとされる三一〇人については結局本人に対する面接は一人も行われなかつた。

(6)  そして町選管は、以上に記載した以外には被登録資格についての調査は行わなかつた。

(7)  本件選挙の開票結果は、最下位当選人の得票数は一九八票であり、次点者の得票数は一七八票であつて、最下位当選人と次点者の得票数の差は二〇票である。

(8)  本件選挙時登録の被登録者四四九名のうち選挙人名簿の登録についての異議申出の対象となつた者は三八二名、そのうち本件選挙について投票した者は三六六名である。前記三八二名のうち三四一名は本件選挙が執行された直後のころから虎姫町から転出したものとして届出がなされている(その大部分のものは転入前のもとの住所に戻つた。)。

四以上認定の事実関係によれば、当時においても、現実の住所移転を伴わない架空転入が大量にされたのではないかと疑うべき事実があつたものというべきであり、しかも昭和五六年九月の虎姫町議会の一般質問において七、八月に大量の架空転入があつたとして転入届をした者の住所の有無が問題とされたというのであるから町選管としては、本件選挙時登録にかゝる選挙人名簿の作成にあたり、住所の有無について特に慎重な調査すべき事情が存したものというべきであるのに、本件選挙時登録に際し行われた文書照会による調査及び調査の対象となつている本人に面接することなく訪問先の世帯主らから単に同居人の有無を確認することに終始した訪問調査は、住所の有無を具体的な事実に基づいて明らかにすることなく、調査対象者あてに文書照会をしたり、その関係者のいゝ分を徴するにとどまるものであつて、その実質は調査というに値せず、調査としての外形を整えたにすぎないものというほかはないから、本件選挙時登録に際し、町選管は被登録資格についての調査義務を一般的に怠つたものというべきのものである。そうすると、本件選挙時登録にかゝる選挙人名簿の調製に関する手続につきその全体に通ずる重大な瑕疵があることとなるから、本件選挙時登録全部が無効となり、したがつて、右無効な本件選挙時登録を含む選挙人名簿によつて行われた本件選挙は、公選法二〇五条一項所定の選挙無効の原因である「選挙の規定に違反する」ものというべきこととなるといわざるを得ない。

この点について被告は、町選管は最大限可能な限りの調査をしたと縷々主張するけれども、被告の主張事実をもつてしてはいまだ前記認定を覆えし、町選管は被登録資格についての調査義務を怠つたものでないということはできない。

そして本件選挙時登録は全部無効であるところ、本件選挙において右登録に基づきそのうち少くとも三六六名の投票がなされ、他方最下位当選人と次点者の得票差は二〇票であるから、これが公選法二〇五条一項所定の「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」にあたることは明らかである。

したがつて、本件選挙は無効であるから、本件裁決の取消及び本件選挙の無効を求める原告の本訴請求は理由がある。

五よつて、本件裁決を取消し、本件選挙を無効とすることとして、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(小林定人 坂上 弘 小林茂雄)

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